ura上映会企画者からの挨拶
  上映会の案内(3月8日)

*何十年越しの…

 原発問題には高校生から関心がありました。お小遣いもそんなに多くはないなか、どうやって工面したのかは覚えていませんが、大阪まで「東京に原発を」という本を書いた、広瀬隆さんの講演会に行ったこともあります。また、どうしてそんな情報を得たのかも覚えていませんが、実家近くの大学に拠点を置いていた「反原発めだかの学校」という団体の集会に参加し、その団体が発行する新聞の定期購読を申し込んだこともあります。しかし、所詮は子供で、自宅に送られてくるものですから、親に見咎められ、「危ない団体に関わるな」と叱りつけられて手を引きました。今でも「泊りを止めろ、泊りは止まる、泊り止めればみな止まる」というスローガンを覚えています。いくら親に言われても、危ない団体だとは考えていませんでした。しかし、そういう活動にのめり込み過ぎて、家庭まで崩壊してしまうような人もいるということも聞きました。「危ない団体」「政治的色合いが強い」そういう目で見られるということもまた事実です。そして、泊原発は止まりませんでした。

 長い間、気にしながらも何もしてこなかったのですが、福島原発の事故が起きて、また、「何かしなければいけないんじゃないのか」という気持ちが目を覚ましました。福島には大学時代の友人がおり、全くの他人事という気がしないこともあります。けれど、何をしたらいいのかは相変わらず分かりません。「原発立地を断念させた街」というサブタイトルに惹かれ「シロウオ」を観たのですが、やはり、それも、今の私の状況と、能力と、いる場所を分析した上で、具体的に「あなたはこうしなさい」ということを教えてくれるわけではありません。そこで、とりあえず、というのもいい加減なようですが、自分の住んでいる県でも上映会を企画してみるか、と考えるに至ったのです。

ch13私は、映画や報道で、原発事故の被害に遭った人たちの苦しい状況を知るたびに、そのバックにいるはずの、報道されていない動物たちの事も気になります。何をどうするかも分かりませんし、今の仕事を投げ打って、そちらに走ることも出来ません。けれど、いつか彼らのために具体的に何かできるようになりたいなと思っています。
でも、とりあえずは、島根の原発を止めることが出来れば、事故が起こる心配がなくなれば、周辺の動物たちを守ることにもつながるのだと考えて、すごく遠回りでどれ程効果があるのかも分からない方法だとは思いつつも、今回の上映会の企画をしているのです。


*責任はだれが?
 原発事故が起こったら、だれが責任を取るのだろう?誰も責任を取れないのではないかなぁ?ということはよく考えます。
 信念をもって反対している立場の人の話だけではなく、そうでない側の話も聞こうと思い、県の避難説明会などに出かけていったこともあるのですが、イマイチよくわかりません。機械的に、この地域の人は、ここに受け入れが決まっています、と説明されても、疑問ばかりがこみ上げてきます。「で、そうなった場合、いつ、避難が解除されるか目安はあるのですか?長期避難となった際に、各自が生活していくための仕事も得られるという保証はあるのですか?島根県だけではなく、複数の県の原発で同時に事故が起こった場合の事は考えていますか?想像以上に被害が大きく、避難先に指定されている区域の人たちも非難しなければならないような状況に陥る可能性はないのですか?」などなど。こんな質問をしても、県の担当の人も、答えられずに困るのではないかな、と思って口をつぐんでいましたけれど。

sirouo7 原発事故のような大きな問題に限らず、職場や家庭での小さな規模の問題に関してでも、「あなた、責任を取るとか言っても、取れないでしょう。結局、ワリを食らうのは私なんじゃないの?」と言いたくなるような事、皆さんそれぞれ、経験されているのではないでしょうか。


*抑止に秘められた、本当の意味での推進を考えていきたい
 原発の問題も、環境などの問題も同じような面がある気がします。
 「原発立地で、これだけ補助金が出て、経済効果もありますよ」「安全ですよ」というような、推進側の言葉は耳に心地よく、「これだけ危険で、実際に事故も起こっています」というような抑止側の言葉は不愉快です。
 「開発でこれだけ利益が上がりますよ」「獣害が出ているから、とにかく駆除して私たちの安全と利益を守りましょうね」というような推進側の言葉は、やはり耳に心地よく、「他の生物を守ることは、最終的に、人間も守ることにつながるので、少しここは控えて、多少不便でも彼らとの共存を図りましょう」というような抑止の言葉は煩わしい。最終的にと言っても、そこにたどり着くまで、どれだけ長いプロセスがあるのか、という感じです。
 でも、私は、そういった、抑止に秘められた、本当の意味での推進を考えていきたい気がします。そんな壮大なことを言っても、実際にやっていることは小さいですし、日々の雑事に汲々としているのが実情ですが、それでも、この上映会も何かの足しになればいいなと願っています。