STAP_550
 
日頃まともな取材もせず、警察発表だけをたれ流しているマスコミの狼狽ぶりが、痛々しい。



佐村河内報道と「理研」小保方報道である。

 佐村河内さんを「平成のベートーベン」と持ち上げるだけ持ち上げ、騙されたとわかると徹底的にバッシングする。あとから調べると「昔から虚言癖があった」とか、「以前から周囲は全ろうに懐疑的であった」とか・・・。マスコミは自身の無能ぶりを隠すように完膚なきまでに罵倒する。(事前にわかっていても報道しないマスコミもいたそうだ)
 しかし、本来は「全ろうの佐村河内 守」をキャッチフレーズに売っていた業界の体質・構造にメスを入れるのがマスコミの使命ではないのか! 広告スポンサーを傷つけないように個人攻撃に終始する様はジャーナリズムから程遠く、「権力のスポークスマン」と成り下がっている。

 「理研」小保方報道でも同じ構図が見える。「ノーベル賞確実、若くてかわいいリケ女」と本人やその親族のプライバシーにまで取材が過熱し、持ち上げるだけ持ち上げ、論文に不備があると「騙された、捏造だ!改ざんだ!」と執拗なバッシングが始まる。まるでマスコミ自身の無能ぶりを隠すように・・・。研究の内容よ りも論文のコピペ発見を得意がっているのが情けない。
 「どこが特許を取り、どこが補助金を多く獲得するか?」の「利権」争いはあるが 今、大切なのは「STAP細胞という有力な仮説」の研究継続であり、静かな研究環境である。けっしてバッシングで有能な人材を潰すことではない。

 これらの報道についていまだにマスコミの報道姿勢への反省もなければ、再発防止策も講じられない。「騙した奴が一番悪く、どんなに罵倒されても仕方がない」と言い放つ。そこには人権意識のかけらもない。

そして、いちばん醜いことは「執拗なバッシング」は必ず偏見と差別を利用して行われる。

 そして、情報を受け取るわれわれ自身も、そのまま鵜呑みにし、なんの疑いもなく偏見と差別感情をむき出しにして冤罪、バッシングに加担していることを自覚しなければならない。


 騙される私達にも責任はある。